高校生による舞台芸術公演の劇評(レビュー)を募集

第4回グランプリ 受賞作

優秀賞

トロイからの警鐘

東京都立総合芸術高等学校 3年 吉枝里穂

 「戦争反対」「戦争はもう二度と繰り返さない」このような言葉は、物心ついたときから何度も何度も耳にしてきた。確かに今、日本は戦争をしていない。「戦争反対」を唱え続けていれば、戦争は起こらないような錯覚を起こしていた。しかしこの作品で、そんな考えが非常に危険だという事に気付かされた。
 「トロイ戦争は起こらない」 この作品は「オンディーヌ」「間奏曲」などを生み出したフランスの作家、ジャン・ジロドゥの名作である。トロイ戦争が起こるまでの数々の葛藤や決断を、トロイ側の視点から、たった1日の出来事として描いている。
 物語は、戦争が終わるところから始まる。長かった戦争に勝利し帰ってきた、トロイの王子エクトールとその妻アンドロマックはもう戦争をしない、平和な日々を望んでいた。しかし、エクトールの弟パリスが、ギリシャの王妃エレーヌの虜となり、誘拐してきてしまう。激怒したギリシャ王はエレーヌを返すか、もし返さないのであれば戦争をするか、トロイに迫った。だがギリシャの本当の望みは、エレーヌを返してもらうことではなくシルクロードを続けるためにトロイの領土を獲ることであった。エクトールは、エレーヌをギリシャに返し戦争を回避しようと周りを説得するが、エレーヌを返すくらいなら戦争を起こすと、全く聞く耳を持たなかった。とうとう、ギリシャの知将オデュッセウスが最後の交渉をしにやってくる。エクトールとオデュッセウスは互いに終始、真摯に誠実に言葉を交わす。そして、トロイはギリシャにエレーヌを返し戦争をしないという決断をするのであった。その決定に不服のトロイの詩人デモコスはもう一度国を戦争へと駆り立てようとする。直後エクトールはデモコスを撃ち殺し、ようやく戦争の門が閉じられようとしたとき、デモコスはギリシャの隊長オイアックスに殺されたのだと嘘をつき、再び戦争の門は開くのであった。 劇場に入って一番に、舞台奥の"戦争の門"が目に入る。門が閉まっている、つまり戦争が遠くにあるときの安堵感、門が開いていて戦争が近くにあるときの不安感が視覚的に表されていた。
 このように、舞台美術は非常にわかりやすくシンプルなつくりで、会話を聞くことに集中できた。鈴木亮平演じるエクトールと谷田歩演じるオデュッセウスの、最後の交渉の場面には圧倒された。お互いに国を背負い、交わした言葉により二つの国の運命が決まる。その瞬間、劇場の空気が一気に張り詰めたのを感じた。"戦争の門"には真っ赤な円形の照明が大きく映し出され、それは今までの戦争で流れた多くの血や、二人の瞳の中で燃えている炎のようにも見えた。その場面は静かでありながらも、息が上がってしまうような熱量が感じられた。
 そしてこの芝居では、数々の言葉が心に刺さる。「戦没者への追悼演説は生存者を弁護するための偽善である」
 この後の追悼演説でエクトールは、戦没者への侮辱とも取れるような言葉を語った。しかしそれは実際に戦地へ赴き、残酷な現場を目の当たりにしたからこそ出た、エクトールの本当の言葉だった。
 日本でも毎年平和記念式典が開かれているが、そこでの戦没者への慰霊の言葉、二度と戦争をしないという誓いの言葉。語っているだけでは戦争は防げない。それはただの"偽善"になってしまうのではないだろうか。
 最後に、この作品が書かれた1935年はナチス・ドイツが台頭する最中であり、ジロドゥ自身が平和への望みを込めて創り上げた。そして2017年、日本で上演された。世界中にある、数え切れないほどの名作の中この作品がいま上演される事には意味があると考える。
 「戦争を起こさない」ことほど難しいことはなく、戦争をしていない状態をどれだけ長く続ける事ができるのかを問いかけてくる、今の日本に必要な作品であった。 「戦争反対」を唱えるだけではいけない。エクトールのような戦争の当事者が築き上げた、平和を守るためのきまり。これを守り続ける事が、平和を長く続けるための一番の方法なのではないだろうか。

[公演名] トロイ戦争は起こらない
[主催団体/劇場] 新国立劇場/新国立劇場中劇場

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