高校生による舞台芸術公演の劇評(レビュー)を募集

第4回グランプリ 受賞作

優秀賞

よくわかる高校演劇

岡山学芸館高等学校 1年 山地楓太

 あるあるネタとは面白いものだ。昔のちょっとした思い出を懐かしんだり、普段みんながなんとなく思っていることがわかったり、言われればそうだと気づかされたり、あるあるネタが出ることそのものがあるあるになったりする。私が高校演劇岡山県大会で観た岡山南高校による「O.M.D.C(おかやまみなみこうこうえんげきぶ)」、このなんとも自己主張の強いタイトルを冠する芝居は、演劇部にとってあるあるネタの宝庫と言ってよい作品だ。
 開演直前、私は観客席でパンフレットを見ながら、「次は岡山南か。前に春の大会で観た劇もクオリティ高かったなぁ」と、緞帳が上がるその時を呑気に待っていた。流れる開演のアナウンス。だが、どこか様子がおかしい。つきっぱなしの客席の照明、5分の1ほどしか上がらずに止まった緞帳。そしてホールに響いた、何かヘマをやらかした後輩に向けたものらしき怒鳴り声。その様子は、県大会本番で何か重大なトラブルが起きてしまったのかと思うのに十分な要素が揃っていた。しかし、これが演出だと気づくのに、そう時間はかからなかった。なんとそのまま緞帳が上がり、岡山南高校の演劇部員たちが緊張した面持ちで、大道具の搬入を始めたのである。そう、舞台設定は県大会直前のリハーサル、役者が演じるのは本番を目前に控えた「自分たち自身」なのである。彼らの搬入、そしてリハーサルは、ある意味お手本と呼んで差し支えないものだった。舞台上を走って大道具を運ぶ者、セットの1つが見当たらないと今更言い出す者、何をしたらよいか分からず、ただうろうろする者、トイレに行っていて居場所が不明の者など、とにかくまとまりがないのだ。道具を壊してしまった部員が責任を感じて泣き始め、それを部員総出で慰めて作業が止まるシーンは、目を背けたくなるような痛々しささえ感じられた。しかし、これらの部員たちのヘマは、どれも他人事とは思えないのである。自分や仲間がやらかしたことのある、あるいはこれから先やらかしても全くおかしくないリアリティがそこにはあった。みんな真剣なのに空回りしてうまくいかない、その苛立ちともどかしさがこちらに伝わってきて、ダイレクトに感情移入ができたのである。
 劇中では時折部員の精神描写が挿入された。舞台上の時間が止まり、スポットライトが当たった部員が、自分の悩みや置かれている状況、そしてこのグダグダなリハーサルに対しての思いを語るのだ。焦りや自責の念を感じている2年生、あまり深く考えていない新入部員、卒業していった頼れる先輩たちのことを思い出している部長など、慌ただしいリハーサルのシーンだけでは分からない、人間としての弱さや迷いには、共感できるキャラクターが見つかるだろう。この精神描写は、最後はステージ全体と部員全員を使って表される。舞台全体が赤く照らされ、そのステージを部員たちが各々の焦り、不満、欲望を吐き出しながらぐるぐると乱雑に歩き回る。まるで人の想いがぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような描写はとても重苦しく、私は自分が今座っている椅子に押し付けられるようなプレッシャーを覚えた。
 最後は、本番当日の本番直前、部員たちが舞台の上で開演の時を待っているシーンで締めくくられる。アナウンスが流れ、劇中では緞帳が上がるタイミングで、我々の世界では緞帳が下がるのだ。もちろん、その後「彼ら」の劇がうまくいったのかは定かではない。しかし、彼らの人間らしさはとてもリアルで、最後まで自分のことのように観ることができた。
 劇を観た後、私はしばらく今自分がいるこの世界も劇の中なのではないかという感覚を覚えた。さっき舞台上で繰り広げられていたような慌ただしさが目の前で展開され、改めて自分が観た劇の完成度の高さに驚いた。「現実」、「劇」、「劇中劇」これら3つの世界を結んだこの劇は、まさしく演劇に関わる者のための劇と言っていいだろう。

[公演名] O.M.D.C
[主催団体/劇場] 岡山県立岡山南高等学校演劇部(第41回岡山県高等学校総合文化祭演劇部門(県大会))/総社市民会館

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