高校生による舞台芸術公演の劇評(レビュー)を募集

第4回グランプリ 受賞作

優秀賞

無限に広がる魔笛の世界

豊島岡女子学園高等学校 3年 古門華子

 この「魔笛」はいわゆる「オペラ」の固定観念を覆すのには十分な作品である。王子タミーノはオレンジ色のジャージを着、夜の女王の娘タミーナは淡い水色のフレアスカートをはいて、という荘厳なはずのオペラにはいささか似合わぬような格好であるし、舞台装置はわずか4種類の大きさの違う銀色の輪のみである。そのうえ「日本人にはわかりにくいから」という理由で歌曲以外のドイツ語のセリフはすべて日本語でのナレーションとなっているのだ。
 幕が上がると、序曲の演奏に合わせ東京バレエ団の16人のダンサーたちがまさしく舞台の上を「踊り狂う」のだが、そこからすでにこの物語は始まっている。このダンサー達は、時に舞台の背景となったり、時に登場人物の気持ちを表現したりして、この「魔笛」を作り上げるうえで非常に重要な役割を担っている。もともとダンスの道の人である勅使川原氏ならではの斬新な演出の数々に私は衝撃を受けた。
 物語のストーリー自体は馴染みのあるものであろう。王子タミーノは夜の女王から自らの娘タミーナを悪人ザラストロから救い出してほしいと依頼される。タミーノは風変わりな鳥刺しパパゲーノを伴につれザラストロのもとに向かうが、実は彼は悪人ではなく徳の高い僧であることが判明する。タミーノとパパゲーノは彼のもとで試練を乗り越え、それぞれの恋の相手であるタミーナ、パパゲーナと結ばれる。
 単純そうなストーリーに見えるが、夜の女王とタミーナの母娘の確執、途中で起こる善悪の逆転、といった現代にもありそうな普遍的なテーマが、この物語に重層的なイメージを与えている。そのため、初演から200年以上経った今でも解釈が大きく分かれているのだが、すなわちそここそが演出家の腕の見せ所となっているのだ。
 その点で、この勅使川原版魔笛は「これは」と思わせる点が多々ある。例えば、先述した舞台装置の4つの銀色の輪だ。「4つの輪によって円環するエネルギーや宇宙的なものを表現したい」と勅使川原氏が語る通り、輪を横にそろえつりあげて部屋を表現したり、一列にそろえた中を舞台上の人物が通り抜けることによって移動を表現したりと、シンプルであるからこその利点を最大限に生かしていた。
 加えて、登場人物の衣装も特筆すべき点である。冒頭に述べた通り、タミーノ・タミーナのペアのみ現代風な衣装で、二人の若々しさが強調されていた。驚いたのは、ザラストロに仕えるモノスタトスはムーア人で、本来黒い色の肌をしているはずなのに、真っ白な着ぐるみを着ていたことだ。白塗りの顔に、ちょうどムーミンに出てくるニョロニョロのような胴体をしていた。そんな風貌だから、タミーナに無理やり愛を迫るシーンも生々しさが全くなく、ユーモラスでさえあった。また、復讐に心を燃やす夜の女王の「闇」と、徳の高い僧であるザラストロの「光」が対比されているのだろう、夜の女王とその侍女たちは真っ黒なドレスを着ている一方、ザラストロ本人とその従者、三人の童人はそろって全身真っ白の衣装だった。
 最後になってしまったが、モーツァルトの魅力的な楽曲も、決して外せない「魔笛」の醍醐味の一つである。夜の女王を演じる高橋唯が歌う「夜の女王のアリア」は、高音続きの難曲であるにもかかわらず、持ち前の表現力で燃え上がる復讐の心を多分に表現しており観客を圧倒していた。
 また魔笛で唯一のムードメーカー的存在であるパパゲーノという難しい役どころを、金山京助は頼りないけれどどこか憎めないキャラクターに仕上げてきており、とても魅力的だった。そのためか、滑稽な役どころと、彼から紡がれる力強い歌声とのギャップがまた面白かった。中でも2幕のパパゲーノとパパゲーナによる「パ・パ・パ」は、二人の幸せな気持ちがこちらにも伝わってくるような一曲で、彼らの表現力の豊かさが伺えた。
 本来音楽の芸術であるはずのオペラが、視覚からの様々なアプローチという斬新な演出によって、魔笛の世界観が無限に広がる可能性を感じた。これからも、勅使川原氏をはじめとする様々な演出家の手によってその世界観は広がり続けることだろう。

[公演名] 神奈川県民ホール・オペラ・シリーズ2017 魔笛
[主催団体/劇場] 神奈川県民ホール/神奈川県民ホール大ホール

ページTOPへ