高校生による舞台芸術公演の劇評(レビュー)を募集

第4回グランプリ 受賞作

優秀賞

人形はしあわせか

セントヨゼフ女子学園高等学校 1年 鈴木茉里

 劇場に入った瞬間、黒い中浮かぶ白の舞台に心を奪われた。
 白い壁の四角い舞台は下手から上手へいくにつれ細くなっていく。下手側にはけ口が二つ、上手側に一つ、その奥にぽっかりと空いた空間から、白い道が伸びており、もう一つのはけ口になっている。下手側に置かれた長方形の机と椅子がいくつか、上手側に置かれた丸い机と椅子、距離を取り椅子がもう一脚。側面の壁に飾られた一枚の絵。必要最小限とも言い得るような舞台美術は、日常とはかけ離れた雰囲気を持っていた。
 『人形の家』はヘンリック・イプセンによって約百数十年前に書かれた戯曲である。妻であり母であるノラが夫のためにと過去におこなった手形の偽装をきっかけに、家族の中での自分の立場を模索し家を出て行くというストーリー。
 演出家・鳴海康平率いる第七劇場製作の『人形の家』には、イプセンによる原作とは違い二人のノラが登場する。主に物語を進めていく木母千尋演じる『ノラ』と、ノラの物語の合間に登場し、時にノラと入れ替わる秋葉由麻演じる『もう一人のノラ』である。
 全面白の舞台は驚くほど違和感なく世界を形成していた。客席と舞台の間にある見えない空気の差を心地よく感じていると、しずやかに舞台が始まった。
 舞台序盤にはもう一人のノラによる客席側に対するモノローグがあり、私たちと関係のない世界ではないことを感じさせるものがあった。
 ノラとその夫であるヘルメルの会話からは、ヘルメルのノラへ対する愛情の中に潜む支配的なものが節々から見出された。また、ノラへの叱責の時にだけ敬語を使うという演出にヘルメルが一家の権力者であるという事実を確認させられた。ノラとその友人であるリンデ夫人には、外見的な落ち着きの差、子を持つ母と子を持たない者の責任感の違いのようなものから出る落ち着きの差があり面白かった。
 一家の妻として、母として暮らすノラ。そこに、手形の偽装を元に脅迫する弁護士のクロクスタが登場する。ノラが過去にヘルメルのため借りたお金。その手形から物語は揺れ動いていく。
 原作と違いクロクスタが外国人であるという設定を加えており、クロクスタに冷たく当たるヘルメルの姿は外国人差別を示唆しているようにもとれた。
 一方もう一人のノラは調査員との会話の中で彼女自身の現在の生活、考えについて語る。ノラの未来の姿を感じさせるもう一人のノラはあくまでも厳しい、女性の一人暮らしを象徴しているようであった。
 私が特に惹かれた場面がある。ノラ(このシーンではもう一人のノラと入れ替わっている)にヘルメルの友人で医師であるランクが思いを告げるシーンである。少しずつ落とされていく照明の中で言葉が聞こえ、暗くて見えなくなる頃に目が慣れて舞台が現れる、言葉が聞こえる、見えなくなる。ノラとランクとの距離がぼんやりと浮き出ていく。劇場全体がノラの一部になったようで、胸の高鳴りが聞こえた。どうなるのかと身を乗り出した。
 最終的にヘルメルが手形の偽装の事実を知る。自分の不利益を確信した時のノラへの態度は、舞台序盤に見え隠れした支配的なものと同じであった。自分の手の内にあるものが自分に害をなしたというような感情である。ヘルメルにとってのノラは愛すべき人形だったのだ。ノラは夫と子をおいて、家を出る決心をする。
 観劇後、大きな問いかけをされたような気分になった。ノラのように、後先考えず行動するものは一見美しく見える。だが、行動する者の思いによって動かされる者への責任、劇中で子どもに当たるような周囲への責任は、苦労は誰が背負うのだろうか?自分に対する責任は誰が背負うのだろうか?もう一人のノラという未来を示すことで、物語の後のそれぞれの生活を想像させる。ノラにとっての本当の幸福とは何かを考えさせる。自分の名誉を守るためノラは他にどのような行動が取れただろうか?その答えが分かれば苦労はしないはずだ。
 二人のノラを登場させることで、美しさ、愚かさを共存させ作品自体を大きな問いかけとしている。
 劇中には、もう一人のノラがノラの未来の姿であるという決定的な根拠は無く、もう一人のノラは何を表現しているのか、受け止め方は観劇者の自由である。日常とかけ離れた舞台で作り上げられる、ある一家の日常の物語は、ノラにとっては自分の名誉の、また別の者にとっては別の問題を抱えている。
 観劇した人によって考えること、感じることは違う。解釈の幅を狭めない上で、様々な考察、そしてそれをもってどう感じるのかを肯定してくれる、そのような舞台であると感じた。問題を問いかけるのではなく、日常の中に問題があるかどうかを問いかける作品である。
 非日常の中で繰り広げられる日常、二人のノラ、相反するとも言えるものの中で自分は何を選択し、考えていくのか。考える自由を手渡され共有する自由がある中で『しあわせとは』を考える。

[公演名] 人形の家
[主催団体/劇場] 第七劇場/三重県文化会館 小ホール

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