高校生による舞台芸術公演の劇評(レビュー)を募集

第4回グランプリ 受賞作

優秀賞

“動”と“静”

東京都立小石川中等教育学校 2年 杉下はる

 2017年10月帝国劇場で開幕したミュージカル「レディ・ベス」。若き日のエリザベス一世を描いた物語だ。
 ベスは英国王ヘンリー八世の娘として生まれた。母が反逆罪で処刑され幼い頃に宮廷から追放されたために、ベスは田舎で暮らすこととなる。当時、国を治めていたのはベスの異母姉メアリー。彼女は自分の母親から王妃の座を奪ったベスの母親とベスを憎み、ベスが異教徒であることや彼女の民衆からの人気を脅威に感じて、ベスを幽閉、迫害した。この物語では、ベスがその不遇な時代を乗り越え、英国女王として即位するまでを描く。
 幕が上がってまず目を奪われるのは、「盆」と呼ばれる一段せり上がった巨大な回転舞台。十二星座の文字盤が描かれた盆が回っていく様子はベスの数奇な人生を表しているかのよう。またこの盆には傾斜があり、その上部に立つのが権力・地位のある者、下部にいるのがそうでない者という構図を視覚的に表す。これによりベスとメアリーの宗教的・政治的な対立関係もわかりやすい。宝石や刺繍で豪華に彩られたカトリック信者メアリーの衣装と、プロテスタントのベスの質素なドレスの違いも二人の対立軸を明確にした。
 いかにしてベスがその苦難に満ちた人生を乗り越えたのか。ベスにとって、その人生において大切な存在であるのが、吟遊詩人ロビン・ブレイク。彼はこの物語の中で唯一実在しない架空の人物だ。
 まず印象的なのはベスとロビンが初めて出会う森のシーン。弦楽器、吹奏楽器など壮大なオーケストラで奏でられるベスの楽曲に対し、軽やかなフルートの音やパーカッションで紡ぐロビンの「俺は流れ者」という楽曲は、ポップなメロディで彼の何にもとらわれない自由な生き方を描く。軽快なステップとダンスでベスを翻弄するロビンは“自由”そのもの。彼はベスに“自分らしく生きる”という新しい世界を見せる。二人は互いに惹かれていき、やがて恋に落ちた。
 ロビンと出会う前、“国王の娘”であることだけが誇りだったベスが、彼を愛し、彼の自由な生き方に触れ、自分らしくあることに価値を見出せるようになった。ベスが幽閉されても、ロビンは彼女の心の支えであり続ける。彼は自分の心と信念に従って生きることを伝え、闇の中でも生きていく勇気を与えた、ベスにとって大切な存在だった。
 ベスを演じる花總まりは、ロビンと出会って変わっていくベスの内面的な変化の表現が秀逸だ。ロビン役の山崎育三郎は、歌唱力はもちろん、自分とは遠い存在と知りながらもベスに惹かれていく心情の描写も素晴らしかった。
 ベスはその後、メアリーの夫であるスペイン王子フェリペによって、彼の気まぐれか計算か、釈放される。老いと病で衰えていくメアリー。次の王位継承者ベスに戴冠の日が近づいていた。
 ベスの即位はすなわち、ロビンとの別れを意味する。ベスはどれほど悩み、苦しんだのだろう。ロビンと結ばれ、女王という地位と責任から逃れ、自由に、愛に生きる人生。英国女王として、すべての信仰や意見が受け入れられ、人々が自由に平等に生きられる平和な世のために尽くす人生。ロビンが彼女の屋敷を訪れた時、ベスの中でもう答えは決まっていた。
 ロビンがその扉を開ける。見つめあう二人。舞台はいっとき静まり返る。
「手紙読んでくれた?」
 ベスは答えない。涙を浮かべたような表情でロビンを見つめる。静寂が2人を包む。
「俺と一緒にここから出ていくか。」
 この場面で私の目からは涙が溢れた。またそれと同時にやられたとも思った。こんな演出、ミュージカルにしかできない。この一瞬の間にはベスとロビンの想いが詰まっている。愛と、女王という責務の間で揺れ動き、苦悩の末にベスは英国王として生きることを選んだ。そうすることをロビンはずっと前からわかっていたのだと思う。心の中ではその勇気ある決断を受け入れ、彼女に永遠の愛を誓うことを決めていた。それでも、彼はベスに一目会い、彼女の気持ちを確かめたかった。最後の、一縷の望みをかけて。
 バックミュージックもなく、セットも動かない、舞台上に見つめあう二人しかいない、だからこそ表現できる感情がある。この美しい感情を言葉で表現してしまったら、ただ色あせた安い感情になってしまう。全編が音楽で、歌で、ダンスで彩られているからこそ、この一瞬の間がひき立つ。これこそ、ミュージカルにしかできない表現だ。
 音楽やダンスで表現するキャラクターの個性、舞台装置や衣装で描き出す人間関係、歌で吐露する心情。音楽、ダンス、演劇と三拍子揃ったミュージカルだからできる、“動”の感情表現がそこにはある。そして、たくさんの“動”の要素があるから際立つ一瞬の間。この“静”の表現にしか表すことのできない二人の切なく美しい感情。“動”と“静”、この二つそれぞれにしかできない表現、これらを掛け合わせたミュージカル「レディ・ベス」はまさに究極の総合芸術といえるだろう。

[公演名] ミュージカル「レディ・ベス」
[主催団体/劇場] 東宝/帝国劇場

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