高校生による舞台芸術公演の劇評(レビュー)を募集

第4回グランプリ 受賞作

優秀賞

目を逸らし続けて気付いた真実

岡山学芸館高等学校 1年 黒瀬彰斗

 人間誰しも、自分に直接関係のない物事からは目を逸らしがちである。私自身も、周りに起こっている問題から目を逸らし、できるだけ干渉せずに生きてきた。そんな私に新たな視点を与えてくれる出来事があった。演劇「岡山観光MAP」。私の予想を良い意味で裏切ってくれた。
 演出家の視点で舞台を振り返ってみると、劇の始まりは観客として会場に入った時だったのかもしれない。岡山禁酒会館というレトロな建物の一室に質素に並べられた椅子。手渡されたパンフレット、ステージには和紙で作られた白い背景、微かに流れている音楽。観劇後思い返せば、これらすべてが演出だった。パンフレットには、地元の有名な観光名所が載った地図が描かれていた。また、主人公である外国人のジョンとアンもかわいいイラストで紹介されていた。
 実際の劇の始まりは、ありきたりな女子高生二人組の会話だった。その女子高生に、おぼつかない日本語で一生懸命話しかけるアンの姿が、私には微笑ましく映った。だが、女子高生たちの会話は演技なのか、それとも即興なのかわからない。一抹の疑念を抱えつつ、物語は進んでいく。劇名の通り、岡山の観光名所を紹介しながら時間は過ぎていった。ジョンとアンが各所を回り、人々に岡山の素晴らしい場所は何処なのかとひたすら聞き続けていく。和やかな雰囲気であり、私はすっかり油断していた。このまま地元の名所を紹介して終わるのだろう。そう結末を予想した。しかし、終盤、物語が大きく動いた。背景からゆっくりと出てきたジョンとアンが信じられないことを言う。「爆撃予定地の視察をしてきた」と。これまで見てきた劇の雰囲気を一蹴する言葉だった。私が動揺し、不安を覚える中、アンが「私たちは『自身の国に起こっている出来事にも無関心で、関係ないよと思っている岡山』を攻撃することで…」と流暢な日本語で喋った。私は言葉が出なかった。ここにきて、やっとこの劇が何を訴えたいか理解できた気がした。だが、舞台はここで終わらなかった。私がなんとなく目を通していたパンフレット。危機感を持って、単なる観光地図だと思っていたパンフレットを注視した。円が描かれていることに気が付くまで時間はかからなかった。これは爆撃範囲だ。観ている私さえも舞台の一員になったのかと錯覚した瞬間。
 そして、爆撃が始まった。激しい轟音と共に呻き、苦しみながら、女子高生役の伊井彩夏さんが登場し、背景の紙を無造作に破りはじめた。伊井さんの視線と荒れてゆく舞台に、目がくぎ付けになった。やがて、散らばった紙と服だけが残り静寂に包まれる。すると、怪我を負った女子高生二人組が舞台に現れた。まるで同じ劇をもう一度観ているかの如く、寸分違わない会話。それは、私が最初に違和感を覚えていた場面だった。何事も無かったかのようにオープニングと同じようなセリフを吐き続ける二人。この場面を見るだけで、あの会話が演技だったということは、容易に想像ができた。だが、一つだけ違っていた。時間軸が爆撃後だという点だ。二人の女子高生が、体全体に小さなやけどや怪我を負っていることで理解できた。何故、エピローグにこの会話を繰り返すのだろうと私が考えていると、再びアンがやってきた。私はアンに注目した。だが、こちらもオープニングと同じように掛け合いが行われるだけで、何も不自然な点はなかった。会話の中では、爆撃で倒壊したはずのイオンさえも話題に上がった。この時、私は気付くことができた。人間は過ちを繰り返す生き物であり、過去の悲劇を忘れてしまうといったことを。怪我を負っているのに、爆撃してきた敵国の人間なのに、もう岡山にイオンはないのに、それなのに疑うことをしないといった現代の日本人全体の問題が露呈していた。観客である私たちへの訴えでもあり、皮肉でもあると感じた。
 演劇「岡山観光MAP」は、物事に無関心であり、そして身近に起こっていることさえ自分に関係ないと思っている人々への問題提起であった。それも、演劇を通し、疑似体験として気付かせるような形で。もし私が、「初めから疑ってパンフレットを読んでいたら?」。そう思ってしまうほどに、私は演出家の掌の上で踊らされていた。身近にあるヒントや脅威からも、自分は関係ないから、関わりたくないから、といった理由で避けてきた私自身の姿勢を白日の下に晒してくれた。観る前は観客の視点で、観た後は演出家の視点で楽しめる劇。いつまでも続くものなんてない、「岡山観光MAP」はそう心に訴えてきた。

[公演名] 岡山観光MAP
[主催団体/劇場] 仮設劇団・岡山ノ猫/岡山禁酒会館2Fホール

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