高校生による舞台芸術公演の劇評(レビュー)を募集

第4回グランプリ 受賞作

最優秀賞

日本の北と南を繋ぐ舞台

岡山学芸館高等学校 2年 春名高歩

 畑澤聖悟。高校演劇に関わる者であれば、一度は聞いたことがある名前だ。青森中央高校演劇部顧問で、多くの名作を高校演劇界に発表し続けている。私も彼の台本を演じた事がある。その時から、彼のファンだ。
 演劇「ハイサイせば~Hello-goodbye~」。新年早々、畑澤氏が率いる劇団「渡辺源四郎商店」が「おきなわ芸術文化の箱」とタッグを組んで東京で公演すると聞いた。これは行くしかない。岡山から飛行機で東京へ。こまばアゴラ劇場。東京大学駒場キャンパス近くにある小劇場だ。劇場のキャパは約70。満席で、隣の観客と肩があたるような密度。開演まで三味線のBGMが流れていて、陽気な気持ちになった。舞台は暗闇から始まった。何も見えない状態で、三味線とは真逆の不穏なBGMが流れる。しばらくして、BGMがカットアウトされ驚いた。感覚が研ぎ澄まされた中、舞台が照らされ、物語に引き込まれていく。
 第二次世界大戦末期。暗号が解読された日本海軍は、ドイツと連絡をとるために国際電話を使用していた。盗聴を前提とした連絡手段。打開策として、方言の中でも特に訛っている「青森県の津軽弁」と「沖縄県の琉球語」を用いて会話を試みる。海軍省に、津軽弁、琉球語を話す者がそれぞれ2人ずつ集められた。青森出身の力士と女性清掃員、沖縄出身の牧師と元漁師。舞台の背景は真っ黒だ。それに対して椅子や机などのセットは白い布で覆われている。この白と黒の空間というシンプルな舞台美術が、役者の存在感をさらに高めていた。
 戦時中の青森と沖縄の対比が印象的だった。青森県民と沖縄県民を演じるのは、その県出身の役者たち。方言での会話から、県独自の雰囲気や文化が伝わる。簡潔すぎる津軽弁、難解な琉球語。あまりの違いに観客から自然と笑いが起こる。序盤では、青森と沖縄は真逆の関係にあると思っていた。しかし、物語が進んでいく中で共通点が浮かび上がる。標準語を話す者から田舎者と蔑まされること。例えば、青森では政府の指導でリンゴ栽培を始め、10年かけてやっと収穫できるようになったら、「リンゴは贅沢品だから米を作れ」と命令され、せっかく育ったリンゴの樹を泣く泣く切り倒した。一方、沖縄の学校では方言を使うと、方言札と呼ばれる札を首からさげなければならない。権力を持った者に虐げられる痛みの構造は同じものだ。
 ドイツの日本大使館との国際電話。黒電話の受話器を握りしめ、必死に会話する登場人物たち。しかし、この計画は狂言であった。集められた4人の中にいる共産スパイを見つけ出す為の作戦だったのだ。スパイは沖縄出身の牧師。同郷の出身でありながら、自らの保身のために密告する沖縄出身の元漁師。やや強引な展開ながら、沖縄県民同士の立場の違いと、「やまとはこりごりだ」という印象的な言葉を通して、観客に日本という国の北と南を考えさせる。
 ラストシーン。青森出身の女性清掃員がスポットライトで照らされる。目の前に、黒電話。彼女には南方戦線へ出征して連絡不通の夫と、青森で待っている子供たちがいる。彼女は、受話器を取って南方にいるはずの夫へ話しかける。津軽弁で。私にはセリフの意味は分からない。それでも、その人がどういう気持ちなのか、何を伝えたいのかが、痛いほど共感できた。劇中、彼女が沖縄出身の元漁師に向かって、「故郷と、家族と話せる言葉があるということは素晴らしいことじゃないか」と語りかけていた。私は、その土地独自の文化があるからこそ、「故郷」といえるのだと思う。そして、その文化を伝える言葉が「方言」なのだ。自分の故郷の文化を共有できるありがたさを感じた。
 一方で、この劇を沖縄県民、青森県民が観たらどのような印象を受けるのか気になった。様々な視点があるに違いない。タイトルの「ハイサイ」は琉球語で「こんにちは」。「せば」は津軽弁で「さよなら」という意味だ。舞台冒頭でこのタイトルの意味を知ることとなる。沖縄、青森両県の交流があって生まれた舞台だった。そして、地域の特色を活かした演目を、「東京」で上演することに意義を感じる。それこそ、日本の北と南を繋ぐだけでなく、「標準」だと思い込んでいる人々に多くの気付きを与えることになるのだろう。高校演劇に留まらず、地方劇団、商業演劇への書き下ろしも精力的に行っている畑澤聖悟。次回作も目が離せない。

[公演名] ハイサイせば~Hello-Goodbye~
[主催団体/劇場] 渡辺源四郎商店/こまばアゴラ劇場

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