高校生による舞台芸術公演の劇評(レビュー)を募集

第3回グランプリ 受賞作

優秀賞

映画館でバレエを上映するということ

渋谷教育学園幕張高等学校 3年 鶴巻碧衣

 劇場は独特の空間だ。上演中の客席のみならず、休憩中のロビーや開演前のエントランスにさえ非日常の空気が流れている。劇場に通う人々は、このフィクションの空間に浸ることで忙しい日常から解放され、日ごろの疲れをリフレッシュできることを知っている。しかし、どんな通の人も最初は新参者であり、そこに一歩踏み入れるのは恐る恐るだったに違いない。演劇やミュージカル、オペラ、そして今回の題材であるバレエなどのパフォーミングアーツは、その魅力である非日常の空間自体が一種の近づきがたさとなってしまう、少し皮肉な分野だ。だから舞台のライブシネマや録画上映というのは、観劇のすそ野を広げるのに今後重要になっていくのだろう。
 バレエ鑑賞の入門には、ダンス以外にも見どころがある作品がよい。振付やステップの様式を見抜き、その美を楽しむには、どうしても鑑賞の経験によって養われた眼が不可欠になる。今回映画館で録画上映されていたのは、K-BALLET COMPANYの『ドン・キホーテ』だ。バレエ『ドン・キホーテ』では、セルバンテスの原作小説の痛烈な風刺は全く影を潜め、自分を遍歴の騎士だと信じ込んでしまったドン・キホーテは物語の狂言回し役にとどまり、バルセロナの若い二人の恋人、キトリとバジルが主人公となって、様々な困難をくぐってめでたく結婚にいたるという筋書きが展開される。古典バレエの中ではストーリーがわかりやすく、また主人公の二人が貴族などではない平民であり、親しみが持ちやすい作品だ。スペインの鮮やかな色彩やうきうきするようなミンクスの音楽、台詞が聞こえてきそうなダンサー同士のコミカルなパントマイムなど、初心者でも楽しめる演出が満載となっている。
 この熊川版『ドン・キホーテ』では、さらに物語に深みを持たせるような改訂がくわえられ、ただ楽しいだけの作品に留まらない。その特色は、何といってもドン・キホーテの存在感だ。通常、原作の主人公であったドン・キホーテは、バレエでは舞台の各所にふらりと現れては奇行でその場をめちゃくちゃにして去っていくだけの道化師に過ぎない。しかし、この版では言動こそ奇怪なものの、終始物腰は優雅で気品を感じさせる。通常その奇妙さを嗤っているだけのキトリとバジルも、この版ではなんとなく親しみを感じているように見えた。そんな主人公カップルの駆け落ちを助けたり、ジプシーたちとのトラブルに割って入ったり、親が決めたキトリの婚約者で大金持ちのガマーシュと決闘をして打ち負かしたりと、ドン・キホーテが大活躍するのだ。
 そして一番の見どころはバジルの狂言自殺のシーンである。「キトリと結婚できないなら死んでやる!」とナイフを振り上げ、自分に突き立てるフリをするのだが、周りの皆が目を覆っているとき、通常ならキトリに目配せして倒れこむところを、この版ではキトリまでが目を背けている。バジルがひょいと会釈したのは、ひとり平然と酒を飲んでいたドン・キホーテだ。もちろんすぐにキトリは芝居に気が付くのだが、バジルは何をドン・キホーテに伝えようとしていたのだろうか。おそらく感謝や尊敬の気持ちだったのだろうと思う。ドン・キホーテは終始若いカップルの味方であった。権力や結婚持参金などの「大人」の現実感と対比して、キトリとバジルの駆け落ちはロマンや情熱など彼の信奉する騎士道とも通じるものがあったのだろう。敵わないと思っていた街の権力者ガマーシュを、酒をあおりながらふらふらになりながらも彼が打ち負かしたとき、バジルの心にも大勝負に挑んでみる勇気が生まれたのかもしれない。結婚式の場面でもバジルとドン・キホーテが交わした握手はとても強かった。ドン・キホーテは、あきらめず理想を追い求める情熱を体現し、実現させる存在へと変わったのだ。
 このような背景まで感じさせるような密度の濃いパフォーマンスを展開したダンサーたちの渾身の演技を、映画館では間近で見ることができる。熊川版『ドン・キホーテ』のような作品の映画館上映こそ、生身の人間が身体のみを用いて物語るバレエという芸術のすそ野を広げていくことができるのだろう。

[公演名] ドン・キホーテ
[主催団体/劇場] K-BALLET COMPANY/Bunkamuraオーチャードホール

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