高校生による舞台芸術公演の劇評(レビュー)を募集

第3回グランプリ 受賞作

優秀賞

自分の人生の本当の意味

東京都立総合芸術高等学校 1年 大竹 緑

 新国立劇場の開場記念公演。そのめでたい公演でかかった作品が、この「紙屋町さくらホテル」だ。
 三時間の芝居の中で、次はどんな展開になるのだろう、という胸の高鳴りを抑えきれなかった。そして、いつこの楽しい日常が終わってしまうのだろうか、という不安で、どこか私の心は曇っていた。なぜなら、登場人物がほとんどの時間、楽しそうに生活しているからだ。この笑顔が消えるときは、いったいいつだろう、と勝手に想像してしまった。
 物語は、終戦後の十二月、巣鴨拘置所に、「わたくしを拘留しなさい。取り調べなさい。」と、元・海軍大将の長谷川清が、必死に訴える所からはじまる。その対応をしているのは、元・陸軍中佐、現・連合国軍総司令部「日本人戦争犯罪人審査委員会」の針生武夫だった。偶然にも再会した二人は、元は天皇の密使とそれを監視する役、といういわば敵味方のような関係であったが、終戦前、広島の紙屋町さくらホテルで、移動演劇隊さくら隊として共に過ごした三日間を思い出す、といったあらすじだ。
 私は今まで、戦争を題材としているのにも関わらず、ここまで戯曲の質が高く、役者が生き生きとしている芝居は観たことがなかった。
 築地小劇場の研究生であった丸山定夫と、宝塚歌劇出身の園井恵子を中心に、一般人を含めたさくら隊が、「無法松の一生」という芝居の稽古をする場面がある。その芝居では、似た台詞があり、同じ部分を繰り返して言ってしまうため、いっこうに芝居が進まない。その素人らしい面白い様子を、滑稽な喜劇のように描いている。また、園井恵子が、宝塚では恋人役が登場する仕方は三つしかない、と紹介する場面では、そのオーバーアクションの演技が笑いを誘う。観客の心をつかみ、楽しい気分にさせたところで、本番前最後の通し稽古の場面になる。稽古を進めていくうちに、隊員の戸倉警部の様子がおかしいことに気付く。米国籍、日系二世の神宮淳子を、本日五時までに、捕虜収容所へ収容するという通達を、戸倉は受けていたのだった。沈黙の中、淳子は、演劇をしたことによって、自分の人生の本当の意味があることに気付いた、と告白する。それを聞いた、言語学者の大島が、戦争で亡くなった教え子の事を話す。「最後まで、父母に助けを求め、おとん、おかん!と手帳につづった、その胸中を思うと不憫でならない。子どもたちをこんな目に合わせてまで、守らねばならぬ大義が、国家にあるのか。」そう訴えた。さくら隊の人々は、淳子の告白、大島の教え子の話によって、改めて自分の人生の、本当の意味について考える。
 ここが、井上ひさしが伝えたかった大切な部分ではないだろうか。心の解放感、一人の人間の力を超えた豊かなもの。演劇をやることによって得られる「自分は生きている」という実感。また観ることによって、観客は、自分と登場人物を重ね合わせ、自分がその人になったような気分になって、芝居と喜怒哀楽をともにすることもある。何も考えずに観て、嫌なことを忘れて幸せな気分になったり、現実から離れて、その世界を楽しんだりすることができるのが演劇。観終わって、たくさんのことを考えさせられ、自分を見つめ直すことが出来るのも演劇。いつの時代も変わらず、人の生活に寄り添ってきたのが演劇だと思う。
 普段私たちは、「自分の人生の意味はなんだろう」とか、「明日自分の人生が終わってしまうかもしれない」とか、そんなことは考えもしない。だが、それは今も昔も同じだということに気付かせてくれるのが、演劇なのではないだろうか。
 原子爆弾が投下されたことは、物語ではなく、史実だ。原子爆弾によって命を奪われた方々は、一瞬にしてこの世からいなくなってしまった。その中で生き残った方々の苦しみはどれほどのものだっただろうか。きっと投下される前は、空襲に怯えながらも、まだ日々の小さな幸せを大事にすることができたかもしれない。だが、大切な家族や恋人を奪われ、何を楽しみに生きていられよう。しかし、どんなに辛くても、生きていかなければならないのが人生だ。生きたくても生きられない人がいて、やりたいことがあっても、挑戦することさえできない人が大勢いたのだ。私はこの大切な、生きている時間を、一秒たりとも無駄にしてはいけないと思った。
 第二幕に、大島の「今すべきことを、今、全力で行い、それが明日終わるかもしれない自分の人生の本当の意味だ」という台詞がある。もうかつての、すべきことやしたいことが全うできない、また許されない時代ではない。自由を妨げられない、恵まれた時代に生きている私たちは、自分の人生の本当の意味を探し求め、全力で生きていかなければならないと思った。

[公演名] 紙屋町さくらホテル
[主催団体/劇場] こまつ座/紀伊國屋サザンシアター

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