高校生による舞台芸術公演の劇評(レビュー)を募集

第二回グランプリ 受賞作

優秀賞

『皆既食』天才と凡才

渋谷教育学園渋谷高等学校 2年 黒田藍子

 『皆既食』は19世紀のフランスの詩人、アルチュール・ランボーとポール・ヴェルレーヌ、二人の物語である。ヴェルレーヌが自身のもとにランボーを呼び寄せるところから物語は始まる。この出会いがヴェルレーヌの運命を大きく変えていく。ランボーの狂気と暴力性をはらんだ才能と美しさにヴェルレーヌは心を奪われる。しかし愛する、愛しているはずの妻、マチルドとランボーへの気持ちの板挟みになり、それでも消え去らない孤独感にただただ苦悩するヴェルレーヌ。ランボーもまた人生に対して貪欲である。ランボーとヴェルレーヌ、二人の渇望はどこまでも続いていく…。
 2014年11月7日、渋谷Bunkamuraシアターコクーンで、舞台『皆既食』初日の幕が上がった。蜷川幸雄が演出する作品ということで注目を集めた。
 開演前、舞台上には、洋室の高い壁、その前にソファーやテーブルが配置され、点々と置かれた燭台で炎が揺れていた。最前列からは1mという距離にある舞台をぐるりと客席がとり囲み、まるで劇場が屋敷の中の1つの部屋であるかのように感じた。話が進むと共に、舞台セットの壁が、家具が、そして舞台上の光が動く。舞台転換時にゴトゴトと大きな音がするのは少し気になるものの、美しく変化していく舞台の様子がとても刺激的だ。セットが縦横無尽に人力で移動するため、まるで舞台そのものが生き物のようで、いかにも蜷川らしい。
 舞台上のランボーの美しさはヴェルレーヌだけでなく、観客をも狂わせるものを持っている。ランボー役に抜擢されたのは、『皆既食』が初舞台だという岡田将生だ。初舞台とは思えない堂々とした存在感があり、彼の一挙一動が客の目を奪う。あどけない笑顔から一変、妖艶な表情を見せる。長い手足を使って舞台上を軽やかに歩き回り、いたずらっぽい少年のような顔をしたかと思えば、ヴェルレーヌを誘う娼婦のような艶っぽい顔を見せる。その小悪魔のような魅力を見ると、ヴェルレーヌがランボーに魅惑されたのも無理はないと思われた。
 またランボーが備えている絶対的な自信が彼をいっそう輝かせていた。年配の有名な詩人を前にしても、彼は自分の主張を決して曲げない。自分は今世紀最大の詩人になる。その確信が彼に自信を持たせていたのだ。
 しかし「自信」というものは、簡単に崩れてしまうものでもある。ランボーはこう語る。「僕が若くて輝いていた頃、未来ははっきりと見えていた。必要なのは経験だと思っていた。」しかしヴェルレーヌと共に転々とし、いたずらに時間を過ごした自分はどんな経験を手に入れたのか?輝いていた日々はあっという間に過ぎていき、求めている「経験」を手に入れられない焦りがランボーを追い詰める。苦悩するランボーと苦悩するヴェルレーヌ、二人の摩擦が「ブリュッセル事件」を招き、そして二人を別れへと導く、という展開だ。
 生瀬勝久が演じるヴェルレーヌは、ランボーと並んで「天才詩人」と称される詩人だ。だが、彼はくたびれた雰囲気を身にまとって泥臭い。普段テレビのドラマなどで目にする生瀬のコミカルな役どころとのギャップに驚かされる。酒癖が悪く短気、欲望に忠実で、どこか胡散臭く、みっともない。そんなヴェルレーヌはとても「天才詩人」というたたずまいがない、もちろんそれは、ランボーという天才の横に立つから相対的にそう見えるのかもしれないが。マチルドとランボーのどちらを選ぶのか明言することなく、愛の言葉を乞い、惨めにすがりついてくるヴェルレーヌ。ランボーはそんな彼に手を差し出させ、その手にナイフを突き刺し言い放つ。「一つだけ耐えられないのは、なんだって耐えられることだ。」耐えるヴェルレーヌと耐えられないランボー、この二人は凡才と天才を象徴しているように思われた。天才のランボーはただ時間が過ぎていくことに耐えられず、苦しみながらもその状況にしがみつきひたすらに耐える凡才ヴェルレーヌのことをもどかしく感じるはずだ。蜷川は、このように、二人における「天才」と「凡才」の違いを舞台の上に再現した。
 「もし」ランボーがあと二十年生き長らえたとしたら、彼はヴェルレーヌとともに過ごした日々に何か意味を見出したかもしれない。しかし天才のランボーはこの物語のように燃え尽きるように生きるほかなかった。残された凡才のヴェルレーヌに救いはなかったのか?
 劇の終盤、年老いたヴェルレーヌはランボーの姿を幻として見る。ランボーは劇のワンシーンを繰り返す。ヴェルレーヌに手を差し出させ、一度は苛立ちをぶつけ、かつてナイフを突き刺したその手に今度は優しく口づけをする。自分が愛したランボーに赦されたヴェルレーヌの心の内を想像すると、凡才であることに救いを見出せる、そんな気がする。
 『皆既食』は天才と凡才の苦悩を描くのに成功した舞台といえる。

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