高校生による舞台芸術公演の劇評(レビュー)を募集

第一回グランプリ 受賞作

優秀賞

愛され続けている舞台

聖心女子学院高等科 2年 山中友恵

 彼らはどうしてこれほど気高く「生」を全うするのか。

 彼らの生活は厳しい。弱肉強食の世界である。自ら行動しなければ、この世界を生き残ることは出来ない。

 彼らのことをヴィクトル・ユゴーは「レ・ミゼラブル」(哀れな人々)と名付けた。十九世紀に書かれた、この大河小説は、一九八五年に舞台化され、今日まで世界中の人々を魅了した。

 そして今年、新演出版が日本に上陸。東京、博多、大阪、名古屋を経て十一月、帝国劇場に凱旋した。

 地方を経て、舞台はより洗練されたものとなっていた。吉原光夫演じる主人公ジャン・バルジャンは、人生のどん底にいたところを司教に救われる。もう一度人生をやり直そうと誓った時の彼は雄々しく、その後言葉どおり、周囲の人々に愛を持って接する姿は、人生の幸福以外の何物でもなかった。

 これに対を成す、厳格な警部ジャベール。川口竜也演じる彼は、自らが神と崇める法に本当に仕えているようで、その姿は泥臭い。それゆえ、法が崩れた時の衝撃、絶望は圧巻のものだった。

 一番進化していたのが、この作品の要となる市民たちを演じる、アンサンブルであった。より一体感が増し、それぞれの個性が際立っていた。正直、演技に所々慣れが伺えてしまう。しかし、舞台を動かす原動力としては十分以上のものであった。

 たくさんの登場人物がいるが、その人生はそれぞれ異なる。が、共通しているのは、誰もがこの厳しい世界を誇り高く生き抜いてることだ。

 例えば学生たち。国民の多くを占める低所得者層の生活改善を訴え、政府に対し蜂起する。もちろん、数十人の若者たちが政府軍に勝てるはずもなく、蜂起は失敗し、大半が命を落としてしまう。また、それで社会が変わることもなかった。

 事実だけを見れば、この蜂起は無駄であったと言える。だが彼らは命を懸けてまで、現状を変えようとした。孤軍奮闘して死ぬことを選んだのだ。

 今日、このような事件が起こることはほぼない。先進国では尚更であり、デモを起こすことはあっても、武力で訴えることは絶対にない。むしろ月日を淡々と過ごしている人が殆どだ。自分の大切な人の為に、命を懸けてまで何かを成さねばならないことに直面することもほぼない。友や家族がいることに当たり前になってきている。

 だからこそ、市民の為、友の為にたくましく生きる学生たちに、私たちは心を動かされてしまうのではないかと思う。平和であるがゆえに、周囲への感謝をも忘れて、何気なく生きてしまう私たちに、生きる意味や「愛」の大切さを強く訴えかけてくるのだ。

 また老若男女、様々な人たちが登場することも、これをより強いものにする。たくさんの人がいるから、観客は自分が感情移入出来る人が必ず出てくる。そのような人物に寄り添って観てしまうからこそ、私たちは知らず知らずのうちに話の中に引き込まれてしまうのだろう。

 舞台は非日常の世界を味わうと同時に、私たちの心に何かしらを残していく。その「足あと」は普段忘れしまっているものや、物事に対する新しい視点などである。愛され続けていく作品とは、その「足あと」が人間にとって極めて重要なものであり、それが普遍的であるから、何度も上演されるのだと思う。

 「足あと」を与えることだけが舞台の役割ではない。「足あと」を通して、観客が現実を考える、そのきっかけを与えるのが舞台の大切な務めではないかと思う。

 「レミゼ」はその二つの点があったから、25年間こうして世界中で、上演され続けてきたのだろう。

 エピローグ。安らかに天国へ旅立ったバルジャン。波乱の人生を平和の内に終えた彼の姿は、私が受け取った「足あと」を体現しているかのように、光輝いて見えた。

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