高校生による舞台芸術公演の劇評(レビュー)を募集

第一回グランプリ 受賞作

優秀賞

原作ピグマリオンと名作マイフェアレディ

兵庫県立宝塚北高等学校 3年 藤井颯太郎

 ピグマリオンは刺激的な舞台だった。この原作があったからこそ、マイフェアレディという名作ミュージカルは誕生したのだ。
 原作者のバーナード・ショーはミュージカル化に否定的だったので、彼の死後までマイフェアレディが上演される事が無かったという。だが、死人に口なしと言わんばかりに彼の死後六年後にピグマリオンはミュージカル化し、大ヒットミュージカルマイフェアレディとしてロングランされ、何度も映画化された。原作ピグマリオンよりミュージカルの金字塔、マイフェアレディの方がご存じのお方も多いだろう。
 今回、演出の宮田慶子率いるピグマリオン軍団は『栄光のピグマリオン復権』を掲げ、今まで歴代の名優達が残してきたマイフェアレディの記憶に堂々と立ち向かっていった。それはあたかも・死んでなおミュージカル化を否定しようとするジョージ・バーナード・ショーの反乱、ここでは彼が男女について皮肉が効く男であった事から『情事の反乱』とでも書いておこう。

 物語はスラム街の少女のサクセスストーリー。ロマンスあり舞踏会ありと、確かに華やかな“ミュージカル”になる気配がすでにピグマリオンにはあった。だが、物語の山場が決定的に違う。マイフェアレディでは、舞踏会のシーンが物語の山場となっている。美しいダンス、賑やかな社交場、豪華な衣装、等シーン全体が『ミュージカルらしい』熱を持つ。

 しかし、原作ピグマリオンは違った。山場はそこではなかった。そして宮田恵子率いる『情事の反乱』は豪華な衣装、舞台装置のイメージを一新した。舞台装置は白く、線画が書かれているように平面で、衣裳はゴージャスと言うよりスタイリッシュであり、それらの新しい画面がマイフェアレディの映像的イメージを見事覆していた。お陰で観客は、全く同じイメージから始まる『マイフェアレディ』と『ピグマリオン』が、実は別な舞台である事に気が付く。その気が付き、思い付きが物語のコンセプトへ徐々に着陸していき、二つの作品の着地点の意外な程の距離に見るものは手品を見せられているような感覚に陥る。

 特に物語の終わりだ。ショーはこの作品に、ヒギンズがイライザと結婚する結末と、イライザがフレディと結婚する結末の二通りを書き、迷った結果フレディと結婚するという結果を選んだ。だが、彼の死後の映画は、ヒギンズと結ばれる結末を暗示している。元となったギリシャ神話のピュグマリオーンの伝説でも、最後は女を妻にする。しかし、あえてここでは互いに独身の道を選び、独身同盟、男女対等にしたのにはショーの願望が込められている。確かに、我々は思春期に大人、男女と見られ始める時から余計な常識がついてくる。いくら女友達と今まで通り仲良くしようとしてもそうはいかない。男女平等に生きられている大人はいない。子供は大人にステレオタイプを刷り込まれるまで、男と女が別の生き物であるとは思わない。もっと言えば、何も教えなければ民族を意識する事も無いのではないだろうか。バーナードショウは結婚や女性に絶望したような事をしばし書くが、その裏には、性や民族国家の呪縛から解放され、子供の頃の様に自由になりたかったのではないだろうか。

 そして、その最後の決別のシーン。最後の『情事の反乱』は見事な物だった。この作品の山場は最後の十五分間だ。このシーンは誰もがデジャビュを覚えずにはいられない。ヒギンズ教授とイライザが延々と口論を続ける。互いに妥協点を見失い、自分がどうしてほしいかもわからなくなったある瞬間、ふいに言葉が胸に落ちる。我々はそんな経験をなんどとなく繰り返しているにもかかわらず、いまだにそれの正体がなんなのかつかめずにいる。だが、確かに男と女が互いに理解する瞬間は人生に一瞬くらい、それも何度かあり、その一瞬を見つけるがために我々男と女は何十年もかけて争わなければならないのだ。窓の外を見るヒギンズ教授に私はそんな哲学を見た。
 だが、マイフェアレディではどうだ。最後は恋心が未だ燻る大佐の元に罵倒されつくしたイライザが帰って来るのだ。特に理由なく、罵倒された事実は自分の中で消化して、すっきり水に流して。それがミュージカルだ。ショーだ。と言い張れるのなら別段問題ないが、バーナードショーが書いた物とは全く別の物と言ってもいい。ショーが嫌がるのも当然だ。
 ピグマリオンにはマイフェアレディにはない哲学とリアリティとドラマそして演劇ならではの『自分ではない発想』へ連れて行く力がある。
 だけれども、マイフェアレディとピグマリオン、どちらを見るかと聞かれたら。私は迷わずマイフェアレディ。名曲、名シーンが生まれてしまった。『原作ピグマリオン』は『名作マイフェアレディ』によって潰された名作なのかもしれない。

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