高校生による舞台芸術公演の劇評(レビュー)を募集

第一回グランプリ 受賞作

優秀賞

悲劇への供物

筑波大学附属駒場高校 1年 蓮見厚輝

 深い闇の中、アイヌの女性、弁慶の奏でるムックリの音が舞台に鳴り響く。その聞き慣れない不思議な響きは私たち観客をどこか遠いところに連れていくようであり、私は期待を抱きながら早くも舞台上の世界へと引き込まれた。ゆっくりと明かりが舞台を照らすと、奥にいる弁慶と、観客に背を向けた手前の津軽藩兵、斎藤文吉が向かい合っている。文吉は弁慶のムックリを奏でようとするが上手くいかない。それに対し、音は周りの神々が宿るときに鳴ると諭す弁慶の声には、神妙で、厳かな感じがした。

 時代は幕末、ロシアの侵略を恐れた幕府は蝦夷に警備のために多数の兵士を送ることを東北諸藩に命じた。足軽の文吉はその一人であり、郷夫の忠助とともに弁慶に世話されながら暮らしていたのであった。まず驚かされるのは二人の話す濃厚な津軽弁である。観客たちはそれを一生懸命聞きとろうと努めながら、舞台上で何が起きているかを推測する。そこには私たちの普段の生活からはちょっと距離を置いたところにあるリアリティがあるようだった。役者の声が聞き取りにくい分、普段より観客の意識は会話に集中することになる。その感覚はかつて体験したことのない新鮮なものだった。極寒と、いつロシア兵が襲って来るかわからない恐怖、そして栄養失調により仲間の兵士たちが手足のむくれる病で次々と死んでいく。そして忠助の手足もむくれ始めるのであった。文吉と忠助が小皿を叩きながらまくし立てて死者の名前を呼んでいく場面は特に印象に残る。ここでこの演劇のタイトルにある法要が行われるのである。独特の緊張感に包まれた空間で、早く荒いリズムに合わせて一人、また一人と死者の名が叫ばれる。そこに私は文吉のやり場のない不条理に対する怒りを感じ、また無力さゆえの悲壮感を感じた。意図されていたのか、背後の壁にかかっている二人が正月に飾った注連縄が遺影のようにも二人の故郷から望む岩木山のようにも見えた。それは死者への追悼の念と同時に二人の故郷へと帰りたいという願いを表しているようだった。

 症状が悪化した忠助に文吉は、当時万病に効くといわれた南蛮渡来の貴重な飲み物である珈琲を飲ませる。この場面では役者が実際に舞台上で珈琲豆をすり鉢で擂る。珈琲の芳ばしい香りが客席にも漂い、観客は束の間ほっとした気分を味わう。意外な形で舞台上と観客席の融合が図られたこの場面は特徴的に感じられた。

 この演劇では津軽藩兵の悲劇と同時に、アイヌと本土人の隔たりも描かれていた。寝たきりになってしまった忠助が悪夢に襲われたときに弁慶がアイヌの子守唄を唄って聞かせるのだが、唄っている最中に突然忠助の首を絞め始めるのである。アイヌが本土人に対して持っていた恨みが抑えられずに現れ、観客はその恐怖に身震いする。実になまなましく人間のごまかせない本質が浮き彫りにされるようだった。悲劇に悲劇が重なるその様は私の心を揺さぶり、人間の乗り越えられない壁の存在を感じさせた。その後、終盤で弁慶の口からアイヌ独特の自然を神とする世界観が語られ、文吉は観客に背を向け、すなわち観客と同じ向きでそれを聞く。両者の目に映る世界は異なるに違いないが、分かり合えずとも互いを知ろうと努めることならばできるのではないか。そんなことを思ううちにまた闇の中のムックリの音で劇は終わるのだった。

ページTOPへ