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第一回グランプリ 受賞作

優秀賞

『MIWA』概観

麻布高校 3年 伊澤拓人

 この物語は、「愛」だけにとどまらない、多くのテーマを抱え込んでいる。原爆、戦争はもちろん、昭和、戦後、そして人間の寛容性の問題。かくも題材が雑多でありながら物語がつながっていくのは、これがまさに一人の人物が生きた記録だからである。人の一生の厚み、そして途切れない時間性というものが浮かび上がってくる。私は、野田秀樹がこの点を多分に意識したのではないかと思う。「美輪明宏」に挑むうえで避けて通れない道だったのかもしれない。

 展開を簡単に追う。
 キリスト教徒や外国人の多い長崎で、様々な種類の人間と愛の形を見、また一方で戦争によってそれらの自由が排除されていく状況を見て育ったMIWAにとって、最初の夢というのは、「誰もが踏める踏絵」を書くこと。すなわち、人が人を自由に愛せてとがめられず、自分の常識と異なる存在に寛容な世界を作ることである。そのような踏絵こそが、「真っ白なキャンパス」と言えるものだ。
 しかし、その「真っ白なキャンパス」には原爆の風景が焼き付いてしまうのである。原爆は、「人を選べない」どころか「神様」をも燃やし、長崎を取り返しのつかないほど破壊してしまった。原爆を「目の前」で見たMIWAには、この光景が原風景として残り続けることになる。
 その「目の前」から逃れ、妄想へ沈むことを教えるのが、オスカワアイドルである。彼はMIWAのファンであり、「机の上」で作品を生む作家であり、「反乱」というアイデアをMIWAに与える役割を担う。彼がMIWAと共鳴したのは、おそらく安藤牛乳の存在が理解できたからだろう。MIWAが周囲と違うのは、本質的には同性愛者だからではなく、アンドロギュヌスという怪物を体内に有しているからだ。
 こう考えれば、安藤牛乳はMIWAの「表現」の部分を担っていて、それが歌という形で現実に出てくるということなのだろう。MIWAの歌や『満面の告白』の公演では、半ば暴走した安藤牛乳の叫びが描かれている。
 「机の上」で反乱を書いてきたオスカワは、その後MIWAの言葉がきっかけで、妄想の世界を離れた。ドリアン・グレイの肖像画をはずしたのが面白い。しかし、オスカワの「カッサンドラの予言」は三島由紀夫の「檄文」と同じく誰からも耳を傾けられない。すなわち、現実での反乱も失敗に終わってしまうのである。
 前述のようにMIWAにオスカワを引き付けたのがその「怪物」性だとすれば、MIWAに赤糸繋一郎を引き付けたのはその「女」性である。繋一郎との恋にふけるとき、MIWAにとって安藤牛乳は邪魔物となり、いなければ「女心」に澄みきることができるのである。しかしながら、歌を失ってまで恋に走っても、繋一郎には妹がいて、MIWAは彼女と禁じられた愛どうしの争いをしなければならない。繋一郎には、同性愛か肉親愛か、いずれにせよ愛の形の面で反乱を起こすという役割が与えられる。
 そんな時、MIWAはふと争う手をとめる。その理由は、「母だもの」。MIWAはここである種の悟りのようなものを得たのだろうか。その後、繋一郎が死に、さらにたてつづけに安藤牛乳が死ぬが、その際に言うのも、「私は母だった」。
 「目の前」で愛した人がどんどん亡くなっていく。そんななかでも、立ち上がらなければならない。原爆の風景に比べたら、あれが「目の前」で起こったことに比べたら、人の死など、乗り越えられないはずがないのだ・・・
 その後、いつのまにか安藤牛乳のような姿となっているMIWAは、若い女優に向かって、「人が死にたいと思っているときのことなんて、すぐに忘れられる」と言い放つ。さらに、「生きていて辛いことなんてあるわけないじゃない」。この台詞の恐ろしさは、ここまでのMIWAの人生をつぶさに見てきた観客にしかわかるまい。
 ここに至ってMIWAは、「母」に、そして「アンドロギュヌス」になった。思えば、物語の始まりは聖母マリアの青い海であり、自らを殺そうとしたアンドロギュヌスさえも許した「超越的な」愛であった…
 最後に負け女に微妙な希望を託し、空の椅子とともに幕が引かれる。劇場内に残るのはなんともさわやかな感動である。

 しかし、名残りの興奮に浸ると同時に私は戦慄した。
 MIWAという、一人の人が達した境地に。
 そして、それを自分が見てしまったことに。
 私は果たしてあれほどの愛を持ちうるだろうか?「目の前」の、時に消されないほどの、そして人間を超越した、壮絶な愛を?
 「The BEE」で、知らぬ間に事件に巻き込まれてしまうように、観客はまたしても野田秀樹に「見せられて」しまって、明日から、もはや今日までのように生きてはおれないのである。
 私はここに演劇表現の強さを感じるし、また『MIWA』はそれを感じさせてくれる傑作である。

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